歪曲劇場

ご臨終メディア / 森達也・森巣博

[カバー]
副題は「質問しないマスコミと一人で考えない日本人」。形式的には、今のマスメディアが如何にダメかということと、なぜダメなのかを対談形式で考察する本。

この本には「善意」という言葉がたくさん出てくる。人は善意故に通報者になる。あるいは善意故に悪(イラクとか中国とか韓国とか)を倒し、少年を刑務所に送り、麻原彰晃を死刑にする。

しかし、その善意や行動には「主語」が存在しない。イラク人を殺せ、麻原を殺せという情動を「被害者感情」から理解することは不可能ではないし、もし被害当事者が存在したとして、彼自身が加害者を殺害したというのであれば、まだ救いようがあるのである(彼には多分その責任を引き受ける覚悟がある)。しかし、決して当事者とは言えない「一般世論」が誰かを殺すというのは、明らかに主体性を欠いている。「ロリコン氏ね」と叫ぶ人々に、果たして自分の手を汚す覚悟があるのか? どこかの誰かが何とかしてくれるのが当然と思ってはいないだろうか。

というわけで、マスメディア、政治権力、世論にはお互いに責任を放棄しあう共犯関係が成立している。マスメディアが下らないのは大衆が下らないものを欲しているからといい、政治家は選挙という選択を経ているから何をしてもOKで、大衆は無知で無力なので政治とマスメディアにリードしてもらわなければならないのである。そしていよいよ問題が立ち行かなくなると、適当な誰かをリンチにして感情的な解決を図る(もちろん、問題は解決しない)。

というわけで、正月早々ダークな気分に浸ってしまったわけだが、それでも手法と意思を誤らなければ、メディアには欺瞞と戦う力があるというのが、この本の結論でもある(たぶん)。正直なところ状況は絶望的だと思うけれど、少なくともまだ絶望していない人がいる。

最後に少しだけ本文を引用しておこう。

 僕らが加担している現実から目を背けながら、夕食はおいしく食べたいでは浅ましすぎます。確かに、テレビのゴールデンタイムで戦場の死体を放送すれば、多少の抗議はくるかもしれない。・・・(中略)・・・なんて電話がきたら、「ああ、そうですか、すみませんね、でもこれ現実ですから」って対応すればいい。

この部分だけでも714円の価値はある。お勧め。

posted at 22:29:26 on 2006-01-01 by ichiro - Category:

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