歪曲劇場

しっぽでごめんね / 白倉由美

新現実 Vol.3が出た。相変わらず表紙がアレっていうか、挑発?

さておき、最近読書の傾向が偏向してるよなあ、と反省しつつも出たら買ってしまう新現実。白状すると、お目当ては「しっぽでごめんね」だったりする。30歳になる主人公(漫画家)が、別れた妻の前で「しっぽのある少女」について回想する話だ。

主人公は妻と別れたその日に、「しっぽのある少女」と出会う。彼女は自分が誰なのか、どこから来たのかわからない。少女は10分ほどで全てのことを忘れてしまう、いわゆる記憶障害なのだ。だが奇妙なことに主人公のことだけは忘れない。そして少女は赤いものしか食べられない。イチゴとか、トマトソースのパスタとか。

主人公はこの少女との生活を失いたくないと思うようになる。しかし、それがやがて決定的に損なわれてしまうことが、繰り返し示唆される...。

僕はこの物語ををVol.2から読んだ。この拙い文章を書く作家の、かなりベタな設定の、あらすじだけ読むとあなたも村上春樹好きですか実は僕も好きなんですみたいな感じの小説を読んで、不覚にもかなりドキドキした。

これは「萌え」なんだろうか。しっぽ付きの幼女(年齢は13か14と形容されているが、実際の言動はかなり幼い)にそのスジのハートを直撃されてしまったんだろうか。そうだったらむしろ分かりやすくて助かったんだけれど、そうじゃない。負け惜しみとかじゃなくて。

まだ未完のうちに説明を試みるのはどうかとも思うのだけれど、敢えて言えばこの物語を駆動しているのは2つのレベルでの恐怖じゃないかと思う。僕がこの物語を読む毎にいたたまれない気持ちになるのは、たぶん怖いからだ。

ひとつは失うことの恐怖。かけがえのないもの、愛おしいもの、ほとんど全てといっていいようなものを失ってしまうこと。意識がその空白に向かって崩れ落ちてしまうような、そういうわかりやすい恐怖。

そしてもうひとつは、それほどまでに損なわれても人は生きていくという恐怖。オトナは過去を「回想」すらしてみせるが、それは虚勢なのだろうか。それとも本当は何も損なわれてなどいなかったのか。自己欺瞞? 狂ってしまえばむしろ、真実と証明されるのに。

まあ、しっぽの少女はライナスの毛布だとか、そういうことを言う人もあるだろう。それは全く正しいのだけれど、さほど意味のある指摘とは思えない。この物語は日本語で書かれている、と言っているようなものだ。

ちなみに新現実は非常に読みにくい本だ。組版がひどい。同人誌以下。

posted at 00:50:20 on 2004-04-27 by ichiro - Category:

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