歪曲劇場

「おたく」の精神史 - 1980年代論 / 大塚英志

(Book Photo)
1980年代のエロまんが、アイドル、「物語消費」などについて、半ば自伝的に振り返っている。往時を生きた者なら誰もが感じていたはずの(そして、恐らくは今でも無くならない)何か違和感のようなものは一体何だったのか。多分大塚も、そういうことを考え続けてきたのだと思う。

大塚は実は、幼女連続殺人事件に最も深く関わった言論人であり、宮崎勉を弁護する立場で相当な批判に晒された様子が、本書にも収められている。この事件に関する大塚の心情は大変に複雑で、充分に整理されているとは言い難い。しかしその基底には、宮崎勉の(そして「おたく」の)異常性のみを強調し、そこに全ての責任を押し付ける態度への反駁がある、と思う。

依然続く少年犯罪やカルト宗教犯罪を「心の闇」の一言で括って、ただ個人を裁くことは容易い。ただ、それが本当に「心の闇」故の事件であったのなら、その当事者が自分でなかった根拠は一体、どこにあるのだろうか。大塚が当時「M君は自分だ」と述べたように、心のうちに闇を抱え、不可解な事件を引き起こす可能性は、誰にでもある(なぜなら、その過程は少しも明らかにされていないから)。

社会が悪いとか、そういう議論をしようとしているのではない。だが、人が犯罪へと至る道筋が詳らかでない以上、その責任の全てを個人に課するのはリスクが大きすぎる。今日必要なのは、「M君は自分かもしれない」という想像力ではないだろうか。

posted at 22:30:24 on 2004-04-05 by ichiro - Category:

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