歪曲劇場

ジャン・ヌーベル展 / サントリーミュージアム天保山

以前、安藤忠雄の個展を見に行った時にも同じことを思ったのだけれど、建築家というのは、いったい何様なのだろう? 一種の特権階級なのだろうか。

もちろん世の中には良い建築物も悪い建築物もあり、それらを総合的にプロデュースしているところの建築家にも善し悪しがあることは自明である。そして安藤忠雄やジャン・ヌーベルが生み出した建築物が、良い例の中に含まれることが多いのもまた、否定できない。

とはいえ、彼らの言説は時に高慢であるように聞こえる。建築物が都市に活力を与え、社会を進歩させるなどという考えが、果たして本当に成り立つのだろうか。

それらは「近代」の幻影に過ぎないと、私は考える。巨大な建造物、あるいは集積された都市というのは、決して必然的なものではなく、20世紀から見た未来都市という、思想的な傾向である。あるいは極論すれば、社会が進歩するという発想それ自体が、今は急速に死につつある。

風景として見た時の彼らの作品は、確かに美しい。しかし、莫大なエネルギーや厳格なセキュリティーが必要とされる巨大建造物は、本質的に排他的な存在だ(仮にそれが全面ガラス張りであったとしても)。結局のところ、建築というのは権力のイコンに過ぎないのではないか。

というわけで、私は建築家という仕事をあまり好きになれそうもない。単なる僻みだろうか。

posted at 21:46:57 on 2004-02-22 by ichiro - Category: 美術

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