歪曲劇場

2006年 11月 16日 (木曜日)

- 宋文洲の傍目八目/NBOnline

思い込みを捨てれば楽に生きられるより

 この話には言い伝えがあります。悲痛の表情で川辺に立っていた彼に、1人の漁夫が小船に乗って近づき、「あなたはなぜ悲しいか」と聞きました。屈原は「こんな汚れた世の中で生きる気力が無くなった」と告げました。すると漁夫はこう言って去りました。「ここの川の水がきれいな時もあれば汚い時もあります。きれいな時はその水で顔を洗い、汚い時はその水で足を洗えばいいのでは」

なんてのが、端午の節句のはじまりらしい。へぇ〜。

ユーザー登録は面倒だけど、一読の価値あり。

07:57:06 - ichiro -

2006年 1月 01日 (日曜日)

- ご臨終メディア / 森達也・森巣博

[カバー]
副題は「質問しないマスコミと一人で考えない日本人」。形式的には、今のマスメディアが如何にダメかということと、なぜダメなのかを対談形式で考察する本。

この本には「善意」という言葉がたくさん出てくる。人は善意故に通報者になる。あるいは善意故に悪(イラクとか中国とか韓国とか)を倒し、少年を刑務所に送り、麻原彰晃を死刑にする。

しかし、その善意や行動には「主語」が存在しない。イラク人を殺せ、麻原を殺せという情動を「被害者感情」から理解することは不可能ではないし、もし被害当事者が存在したとして、彼自身が加害者を殺害したというのであれば、まだ救いようがあるのである(彼には多分その責任を引き受ける覚悟がある)。しかし、決して当事者とは言えない「一般世論」が誰かを殺すというのは、明らかに主体性を欠いている。「ロリコン氏ね」と叫ぶ人々に、果たして自分の手を汚す覚悟があるのか? どこかの誰かが何とかしてくれるのが当然と思ってはいないだろうか。

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22:29:26 - ichiro -

2005年 11月 30日 (水曜日)

- しっぽでごめんね / 白倉由美

連載が「コミック新現実」に移ってから読み損ねていて、ずっと続きが気になっていたのだけれど、ふと見ると、単行本が出ているじゃないか。

早速買ってきて読んでみると、冒頭から大幅な加筆がなされている。その他も色々な加筆・修正があるようだ。中にはクリティカルなものもあって、なんと「しっぽのある女の子」の年齢が半分くらいになっていたりする。色々難しい事情もあると思うんだけど、12歳と6歳では、やっぱり場の空気というものがあまりに違ってしまう。

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00:08:04 - ichiro -

2005年 2月 15日 (火曜日)

- 磁力と重力の発見 / 山本義隆

Cover Photo
ようやく読んだ。専門的な内容を含むので必ずしも分かりやすいというわけではないが,少なくとも非常に読みやすい。

ケプラーにとって惑星間の引力=魔術であった,などの指摘は非常に新鮮。大航海時代がギリシャ自然哲学を葬った,なんてのも,目からウロコ。

19:42:13 - ichiro -

2004年 9月 14日 (火曜日)

- InterCommunication - Autumn 2004

いくつかの名言。

「ブッシュもアルカイダも世界認識を間違えている」(岩井克人)

「『何だこの頭のおかしい番組は?』と笑い転げた『マクロス7』が、ぐるりと回って『現在に唯一有効な真実の物語』と思えるなんて」(西島大介)

2週間近く積みっぱなしで、まだ全然読んでなかったりするのだけれど。

22:17:27 - ichiro -

2004年 5月 09日 (日曜日)

- 色を奏でる / 志村ふくみ

Cover Photo
滋賀県立近代美術館で、「志村ふくみの紬織り」展というのが開かれている。志村ふくみという名前に何か懐かしいものがあって、考えてみたら、どうも中学校の国語の教材でそういう話を読んだことがあったのだった。展覧会を観たついでに、この本を買った。

色々興味深い話があったのだが、特に忘れ難いのは次の一節。

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03:12:19 - ichiro -

2004年 4月 27日 (火曜日)

- しっぽでごめんね / 白倉由美

新現実 Vol.3が出た。相変わらず表紙がアレっていうか、挑発?

さておき、最近読書の傾向が偏向してるよなあ、と反省しつつも出たら買ってしまう新現実。白状すると、お目当ては「しっぽでごめんね」だったりする。30歳になる主人公(漫画家)が、別れた妻の前で「しっぽのある少女」について回想する話だ。

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00:50:20 - ichiro -

2004年 4月 17日 (土曜日)

- さよなら、スナフキン / 山崎マキコ

(Book Photo)
というわけで、山崎マキコの前著。

「健康」「続・健康」を読み返してみたくて、いろいろ探していたのだけれど、もうどうでもいいです。お腹いっぱいということもあるし、読まないことがリスペクトになるのかなあ、と、思ってみたり。

ま、とにかく、あからさまに、「健康」「続・健康」を裏からなぞっていく話。ところが、フィクションを語る実話というのは、どこまでが本当なんだろうという下心が先に立って、逆に全部が嘘臭く思えてきたりする(まるで「一杯のかけそば」みたいに)。あるいは全部が本当だとしても、それはそれで救いがないというか、受け入れるのにちょっと覚悟が必要だったりする(心は虚構に守られていなければならない)。

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00:25:32 - ichiro -

2004年 4月 13日 (火曜日)

- 声だけが耳に残る / 山崎マキコ

(Book Photo)
鴻上尚史の芝居(トランス?)の中で聞いた、「自叙伝は誰にでも書ける」という台詞が、ずっと耳に残っている。

その芝居の筋はほぼ完全に忘れてしまったので。それがどんなコンテクストで発せられたものなのか、定かでない。けれどもそれ以来、僕は自伝というものの正当性について懐疑的にならざるを得なくなってしまった。自伝というものが持つ暴力姓について自覚的になった、と言ってもいい(いずれにせよ、「トランス」は改めて読んでみるつもり)。

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14:40:22 - ichiro -

2004年 4月 05日 (月曜日)

- 「おたく」の精神史 - 1980年代論 / 大塚英志

(Book Photo)
1980年代のエロまんが、アイドル、「物語消費」などについて、半ば自伝的に振り返っている。往時を生きた者なら誰もが感じていたはずの(そして、恐らくは今でも無くならない)何か違和感のようなものは一体何だったのか。多分大塚も、そういうことを考え続けてきたのだと思う。

大塚は実は、幼女連続殺人事件に最も深く関わった言論人であり、宮崎勉を弁護する立場で相当な批判に晒された様子が、本書にも収められている。この事件に関する大塚の心情は大変に複雑で、充分に整理されているとは言い難い。しかしその基底には、宮崎勉の(そして「おたく」の)異常性のみを強調し、そこに全ての責任を押し付ける態度への反駁がある、と思う。

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22:30:24 - ichiro -